当ブログは株式会社トミーウォーカー様が運営されるPBW,「TW2:シルバーレイン」のPCのサイドストーリーや、不定期日記などを掲載しています。知らない方は回れ右でお願いします。
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「灯君の質問、ちゃんと答えて、なかったわね……でも、時間が無いから……宿題に、するわ」
森の中を走りながら考える。
自分の走る速度より疾く。血の流れより疾く。
彼女の言い残した言葉の意味を考える。
再会の果て、雌雄を決する事になってしまった彼女。それは、今自分が求める人の母親だったのかもしれない。自分はその人の手を捕まえられなかった。
一度正気に戻ったように見えたのは、見間違いだったのか?見間違いでないのなら、彼女に決心をつけさせてしまったのは自分の様な気がする。
“ゴースト”
自分は彼女に、こう言い放った。もちろんそれは、自分の中で特別な言葉ではない。自らの内にそれを取り込むことが出来る血を持つ身だからこそ、ゴーストは“人”の裏面で隣人だと思っているから。でも、この一言が変化をもたらしてしまった事は確かな事で。
他の人が言っても同じだったのか?
それは違う。自分が言ったからこそ、そこには普段とは別の意味があるという事を、彼女は知っているはずだ。自分の信条を、直接聞いているのだから。だから、彼女が求めた答えのために最後の行動を取ったのではないか。少なくとも、怒りを喚起させるサタニックビートの旋律に、悲しみと安堵の情が混じっていた様に聞こえたから。
もっと自分が上手く話せたら、今一緒に走っていただろうか?
もっと強ければ、怒りに我を忘れる事はなかっただろうか?
栓の無い悔しさが浮かんでは消える。
音より疾く。光より疾く。
どれだけ思っても、自分には言いまわす言葉使いが思い浮かばない。どれだけ考えても、直接的な言い方しか出来ない。それが相手を傷つける結果になっても、今の自分にはこれしか出来ない。
自分の思いは、彼女に伝わっていたのだろうか?どんな姿になっても、一緒に居たいと思うことはいけないことだったのだろうか?同じ気持ちを持っていれば、自分と彼女は同じ“存在”だったのではないのだろうか?
聞いてみたいが、その機会はもう、有り得ない。あったとして、自分には優先する事がある。彼女に託された“想い”があるから。
思い出せ、刃を交えたあの瞬間を。
想い出せ、言葉を交わしたその刻を。
彼女は何の為に、誰の為に、人ならざるその身になってまで永らえていたのか。
彼女は自分の為に、どうしようとして、自分と接触し、目的達成の直前に自分たちの前に姿を現したのか。
彼女が自分たちに対して抱いた感情はなんだったか、彼女が自分に何を決断させようとしていたか。
只一点、その中の只一点が、彼女が最後に手にした答えそのもの。
彼女が自分に求めた物、それは彼女が求めて止まない者。
――― 曜子 ―――
どくん、と胸が大きく脈打つ。
彼女が最後に自分に課したものの意味なんて、分からない。彼女の想いも、分からない。でも、彼女ははっきりと「宿題」と言った。
何も知らず、分からずな自分にも導き出せる答え。自分の中にあって、彼女には分かっている事。
彼女が見せた最後の笑み、それは、自分の母親の最後に見せた自分への笑みと同じ。彼女のその笑みは、自分を通り越したその後ろにあるあの子に向けられていて。
「分かった…任せて、くれ。でも…俺は、俺の事しか…分かんないんだ。」
走りながら呟く。
彼女は、最後まであの子の事だけを想っていた。だから、それが自分に向けた事じゃないのは分かる。それでも、彼女は確かに自分に選択を迫った。あの子に繋がる、自分自身の立場を。
自分はまだまだ心の機微は分からない。だから、彼女が自分に残した「宿題」を想い続ける。彼女と会って、気付かされた事がある。そして、託された人がいる。
――― 次は、絶対に捕まえてみせる。 ―――
握れなかった大きな手。その手が掴もうとしていた小さな手。
柄みたい小さな手。それがもう掴めない大きな手。
両方を取る事は出来なかったけど、片方は掴み取る。そして、交わる事が出来ない二つの手を重ねさせてやりたい。きっとこれが、自分の役目。そして、小さな手に添い続けたいと願うのが、自分の気持ち。
もうすぐ会える。
彼女の願いも、自分の気持ちも連れて、ようやく出会う事が出来る。
目指す不可侵の領域に踏み込み、洞窟が迫ってくる。
自分は、御津乃廉灯は、左手に持つ得物を足場にして大きく飛び上がった。
「ようこ!」
森の中を走りながら考える。
自分の走る速度より疾く。血の流れより疾く。
彼女の言い残した言葉の意味を考える。
再会の果て、雌雄を決する事になってしまった彼女。それは、今自分が求める人の母親だったのかもしれない。自分はその人の手を捕まえられなかった。
一度正気に戻ったように見えたのは、見間違いだったのか?見間違いでないのなら、彼女に決心をつけさせてしまったのは自分の様な気がする。
“ゴースト”
自分は彼女に、こう言い放った。もちろんそれは、自分の中で特別な言葉ではない。自らの内にそれを取り込むことが出来る血を持つ身だからこそ、ゴーストは“人”の裏面で隣人だと思っているから。でも、この一言が変化をもたらしてしまった事は確かな事で。
他の人が言っても同じだったのか?
それは違う。自分が言ったからこそ、そこには普段とは別の意味があるという事を、彼女は知っているはずだ。自分の信条を、直接聞いているのだから。だから、彼女が求めた答えのために最後の行動を取ったのではないか。少なくとも、怒りを喚起させるサタニックビートの旋律に、悲しみと安堵の情が混じっていた様に聞こえたから。
もっと自分が上手く話せたら、今一緒に走っていただろうか?
もっと強ければ、怒りに我を忘れる事はなかっただろうか?
栓の無い悔しさが浮かんでは消える。
音より疾く。光より疾く。
どれだけ思っても、自分には言いまわす言葉使いが思い浮かばない。どれだけ考えても、直接的な言い方しか出来ない。それが相手を傷つける結果になっても、今の自分にはこれしか出来ない。
自分の思いは、彼女に伝わっていたのだろうか?どんな姿になっても、一緒に居たいと思うことはいけないことだったのだろうか?同じ気持ちを持っていれば、自分と彼女は同じ“存在”だったのではないのだろうか?
聞いてみたいが、その機会はもう、有り得ない。あったとして、自分には優先する事がある。彼女に託された“想い”があるから。
思い出せ、刃を交えたあの瞬間を。
想い出せ、言葉を交わしたその刻を。
彼女は何の為に、誰の為に、人ならざるその身になってまで永らえていたのか。
彼女は自分の為に、どうしようとして、自分と接触し、目的達成の直前に自分たちの前に姿を現したのか。
彼女が自分たちに対して抱いた感情はなんだったか、彼女が自分に何を決断させようとしていたか。
只一点、その中の只一点が、彼女が最後に手にした答えそのもの。
彼女が自分に求めた物、それは彼女が求めて止まない者。
――― 曜子 ―――
どくん、と胸が大きく脈打つ。
彼女が最後に自分に課したものの意味なんて、分からない。彼女の想いも、分からない。でも、彼女ははっきりと「宿題」と言った。
何も知らず、分からずな自分にも導き出せる答え。自分の中にあって、彼女には分かっている事。
彼女が見せた最後の笑み、それは、自分の母親の最後に見せた自分への笑みと同じ。彼女のその笑みは、自分を通り越したその後ろにあるあの子に向けられていて。
「分かった…任せて、くれ。でも…俺は、俺の事しか…分かんないんだ。」
走りながら呟く。
彼女は、最後まであの子の事だけを想っていた。だから、それが自分に向けた事じゃないのは分かる。それでも、彼女は確かに自分に選択を迫った。あの子に繋がる、自分自身の立場を。
自分はまだまだ心の機微は分からない。だから、彼女が自分に残した「宿題」を想い続ける。彼女と会って、気付かされた事がある。そして、託された人がいる。
――― 次は、絶対に捕まえてみせる。 ―――
握れなかった大きな手。その手が掴もうとしていた小さな手。
柄みたい小さな手。それがもう掴めない大きな手。
両方を取る事は出来なかったけど、片方は掴み取る。そして、交わる事が出来ない二つの手を重ねさせてやりたい。きっとこれが、自分の役目。そして、小さな手に添い続けたいと願うのが、自分の気持ち。
もうすぐ会える。
彼女の願いも、自分の気持ちも連れて、ようやく出会う事が出来る。
目指す不可侵の領域に踏み込み、洞窟が迫ってくる。
自分は、御津乃廉灯は、左手に持つ得物を足場にして大きく飛び上がった。
「ようこ!」
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ドアクダーの誇る諜報部は、灯の要求に素早く対応して結果を回してくれた。
一つ、数日前に件の女性と少女が喫茶店で会っている姿の目撃がある事、
一つ、その前後に関しての女性の足取りの一切は不明であった事、
一つ、少女の消息はある山野に分け入ったところでぷつりと途切れている事。
ドアクダーは構成員とその知人関係に関して、侵害にならない程度の監視を施している。特に、そのルーツが重要な調査対象である灯には、いつ何時関係者が接触してくるか分からない都合上、護衛も兼ねて厳重に監視されている。その友人関係の護衛も然りだ。故に、街中を歩いている人間がその対象を確認出来る範囲に限って目が光っている。
そんな中から抽出された情報であるため、報告は早かった。
灯は未だに燻ぶる自分の心中と、それ以上に何かを得たいという本能の為、夜明けと共に活動し始めた。場所は、彼女が消息を絶った山野の入り口。姿を消したのが数日前なので、この付近に居るとは考え難いが、それでも、手掛かりがあるならここくらいしかないのだ。
気配はごく普通の山野だ。生命の雰囲気が感じられる。しかし探している人物の僅かばかりの痕跡さえも、日が経っているので消えているのか発見できそうもなかった。
灯は森の奥に分け入っていく。感覚を研ぎ澄ませ、注意深く進んでいく。山の、森の、中。かつて自分が生きてきた場所。自分が世界の一つだと教えてくれる場所。自分を受け入れてくれる場所。
優しく温かく賑やかで、そして寂しい場所。誰であろうと、何であろうと受け入れてくれるが、同時に全てが孤独。昔は、それで良かった。でも今は、自分を望んでくれる人たちがいる。離れたくない場所がある。
でもそれは、果たして自分の存在全てに対してのものなのか・・・。
途中で山の気配が変わる。濃厚な、死と恨みの思念を感じる。人のほとんどが忘却期の果て、見る事敵わなくなったこの世にあってこの世ならざる物、それが灯の視界に入った。
この辺り一体に充満し侵食している負の残留思念は、“力”を持つ灯に恨むをぶつけて来る。灯は長年の経験から、まず思念を観察する。強さは差ほどでもなく、数も1体。一人でも十分に対応出来る相手だった。残留思念を見つけた以上は、ここで討つ事を決めて思念に近づく。カードを目の前に掲げて吸血鬼の力を解放し、思念に詠唱銀を振り掛けて大きく一歩飛び退る。
灯の見立てに狂いはなかった。しかし、誤算はあった。詠唱銀を吸収し、形を成すかに見えた思念は途中で固まるのを止め、辛うじて四足獣の姿を持ったコールタール状のゴーストへと変化した。
ゴーストは声にならない声を挙げ、どろどろと地面に纏わり付く粘性の強いコールタールを飛ばしてくる。灯はチェーンソー剣「獣の牙」で弾き落とそうとするが、コールタールが触れた瞬間に回転動力炉の出力が落ちて、さらに触れた部分が一部溶解した。慌てて距離を取り、着地地点に投げ込まれたコールタールを獣の牙をつっかえ棒の様にして更に跳躍、木の枝の上に着地して剣を見る。コールタールに突き刺した部分の刃が溶け、直撃を受けた刃部分の半分を覆うカバーにも穴が開いている。
灯は警戒を強め、自分目掛けて飛んできたコールタールを跳躍で避ける。相手の後ろに着地して地面に掌を叩きつける。瞬間、地面のいたる部分が針や刃となってゴーストに突き刺さり切り裂く。そうして縫い止められたゴーストにすかさず飛び掛る。従属種になってからの得意技、凄まじい衝動を力に変換して放つ吸血噛み付き!
首筋に当たる部分に、牙がめり込むハズだった。だが、実際にめり込んだのは自分の顔。このゴーストには手応えがなかった。牙を突き立てようにも水を噛んだ様に逃げてしまい、エネルギーを吸収できない。それどころか、自分の顔全体を覆われるように封じられ、灯は今溺れている。もがき出ようとするが、相手の胴体は相変わらず掴む事も踏みしめる事も出来ず、逃れられない。
その時、でたらめに押し込んだ左手が何かを掴んだ。それを手掛かりに一気に首を引っこ抜く。目にしてようやく分かったが、自分が掴んでいた物は自分が放ったジャンクプリズンで作られた大地の針だった。ようやく解放され、灯は目一杯空気を吸い込んですぐにその場から跳び退く。幸い追撃はなかったが、着地が上手く出来ずに倒れこみ激しく咳き込む。その間にコールタールの鞭が灯を打ち据える。数発は剣で弾いたが、体制が整っていない状況で凌ぎきる事は出来ない。右腕、左肩、左脇腹、右頬、それぞれにコールタールが命中し、防具を、皮膚を裂き溶かす。
なんとか転がるようにして範囲から逃れ、木の幹に背中を預けて座り込み呼吸を整える。
「随分苦戦しているわね?」
その木を挟んで後ろの方から声がした。灯の跳ね回る心臓が一際大きな鼓動を鳴らす。
「こんな所で戦ってるなんて、私の問いに答えが出たからかしら、灯君?」
後ろからの女性の声に気を掻き乱されながらも、ゴーストの状態を見極める。吸血噛み付きのダメージは見えない。それどころか、ジャンクプリズンも効果がないように見える。直接的な攻撃は通じない様だ。そうなると、そういう相手にダメージを与えれるのは………「吸血」しかない。
「貴方には分の悪い相手ね。攻撃の通じない相手にどう戦うのかしら?純粋な吸血鬼なら、どうにかする手立てはあったわね。純粋な人間なら、もっと安定した従属種の力を引き出せていたのではないかしら?」
言葉が刺さりつづける。自分は半人半吸血鬼である。その為、恩恵と弊害が等しく体に掛かってくる。人間の体に吸血鬼の血、それは筋力や身体能力を通常の人間より引き上げているが、その分、吸血鬼の持つ狂気は通常の従属種の比にならない。吸血鬼としての力は、やはりその他と比べて強力だが正気を保つのが難しく、結局はそれを活かしきれない。人間の理性と吸血鬼の狂気、そのどちらもが複雑に絡んでいて、理性が持つ「想いの力」と狂気が持つ「衝動の力」のどちらも不十分にしか引き出せない。
それでも、自分は制御の難しい力と向かい合ってきた。どちらも捨てたくないから、選びたくないから。少ししか一緒に居れなかった母も、もう逢う事が出来ない父も、どちらかだけを選びたくない。自分の生を祝福してくれていた二人を、どちらも守りたかった。でも………、
視界の端に、銀糸が翻った。
長く美しい銀色の髪、透き通る白い肌、蒼色のドレスを着た美女が立っていた。首だけで灯を振り返り、紅の瞳を細めて優しく口を開く。
「しっかりなさい。惑わされては駄目よ。あなたは、あなたの答えをずっと持っていたでしょう?今は少し、前より色々分かるようになって疑ってるだけ。大丈夫、信じて御覧なさい。」
心の芯から湧き上がる懐かしさ、表面の最も広い部分から湧き上がる懐かしさ。それは、血が見せた幻想なのか。そうだとしても、今、灯の目の前には自分を最も愛してくれた人が立っている。
「楽しさも苦しさも、どちらもあなたなの。そしてそれが、あなたとあなたの周りを照らす“灯り”になるわ。さぁ、お立ちなさい。あなたは、私達の自慢の息子なのよ。」
自分の心が映した幻想かもしれない母の言う言葉は、しかし、そのまま自分の想いそのもの。母の言葉となって現れた信念は、灯の迷いや疑いを掻き消していく。木に背中を押し付けながら、よろよろと立ち上がる。
「あなたなら出来るわ。私達の、強さも弱さも併せ持っている、あなたならば。」
幻想の母は前を向き、ゴーストへゆっくりと人差し指を掲げる。
灯はチェーンソー剣を手放す。カラン、と乾いた音を立てて剣が地面に横たわる。拳法着の着脱可能な袖の右側を左手で握り締める。一息に右袖を外してそのまま地面に落とす。肩から露になった右腕には、先程の攻撃の傷跡が生々しく残っている。相手を見ずにその右手を腰溜めに構え、姿勢を落とす。
「お行きなさい、私達の希望の子、スィラン(陽)。」
灯は顔を俯かせたまま飛び出すと、抜き手に構えた右手をゴーストに突き入れた。手は手首までゴーストの体に埋まっていく。
「破れかぶれの攻撃じゃ、倒せないのじゃない………の…、何よ、これ…!?」
右手を突き刺したまま、灯が勢い良く顔を上げる。その瞳は、父譲りの銀光を湛えながらも母の様に紅く輝いていた。
「うぅぅああああああ!!!」
灯の叫びと同時に、白い蝙蝠が翼を広げるように右手を中心に風が巻き起こる。風は灯の右腕を撫でる様に吸収され、傷が次第に癒されていく。同時にゴーストは力を失っていく。
「俺は…こうもりだ!人間でも…吸血鬼でも、ある。それが…俺だから、選ばない!俺は…これからも、俺のままだ。誰も…俺を受け入れなくても、俺が…全部の、“血”になる!」
――――血は生命そのもの、いや、ゴーストにもあるということは“存在”そのもの。二つの別種な存在を体と精神に内包し、他者の存在を血肉に変える自らの“存在”。それはすなわち、自分が全てを受け入れるという事に他ならない。故に、自分は全ての“血”になれる。――――
一切のエネルギーを吸い尽くされ、枯れるようにゴーストは世界に還元された。
「そんな……、牙以外から、それも触っただけで吸収出来るなんて…従属種の範疇じゃないわ……。」
呆然と灯を見る女性。膝を着いて肩で息をしていた灯が、ゆっくりと振り返る。衝動のため、まだ瞳色は紅と銀を彷徨っている。
「俺は…選ばなかった。お前…俺を、どうする?」
息も絶え絶えに、灯は構えを取る。それを見て、自失から立ち直った女性は笑みを浮かべた。
「どうもしないわ。こっちの目論みは失敗だから、何かをする意味がないわね。貴方に個人的な興味はあるけど、また会えるかはその時次第ね。」
茶化すような前までの調子で話しかける。居住まいを正して、女性は灯に告げる。
「貴方が探してる子は、そのうち会えると思うわ。割と近いうちに、ね。」
「どういう…ことだ!」
「そんな気がするだけ。それじゃ、縁があったらまた会いましょう?」
手を軽く振って女性は灯に背を向けて木の裏に入って行く。灯が追いかけるが、やはりその姿はどこにもなかった。その場に残されたのは、疲労困憊の灯一人だけ。灯はゆっくりと一歩を踏み出そうとして…、
「よう…こ……、今、い…く………。」
蝙蝠になると誓った小さな翼は、その場に倒れこんだ。
一つ、数日前に件の女性と少女が喫茶店で会っている姿の目撃がある事、
一つ、その前後に関しての女性の足取りの一切は不明であった事、
一つ、少女の消息はある山野に分け入ったところでぷつりと途切れている事。
ドアクダーは構成員とその知人関係に関して、侵害にならない程度の監視を施している。特に、そのルーツが重要な調査対象である灯には、いつ何時関係者が接触してくるか分からない都合上、護衛も兼ねて厳重に監視されている。その友人関係の護衛も然りだ。故に、街中を歩いている人間がその対象を確認出来る範囲に限って目が光っている。
そんな中から抽出された情報であるため、報告は早かった。
灯は未だに燻ぶる自分の心中と、それ以上に何かを得たいという本能の為、夜明けと共に活動し始めた。場所は、彼女が消息を絶った山野の入り口。姿を消したのが数日前なので、この付近に居るとは考え難いが、それでも、手掛かりがあるならここくらいしかないのだ。
気配はごく普通の山野だ。生命の雰囲気が感じられる。しかし探している人物の僅かばかりの痕跡さえも、日が経っているので消えているのか発見できそうもなかった。
灯は森の奥に分け入っていく。感覚を研ぎ澄ませ、注意深く進んでいく。山の、森の、中。かつて自分が生きてきた場所。自分が世界の一つだと教えてくれる場所。自分を受け入れてくれる場所。
優しく温かく賑やかで、そして寂しい場所。誰であろうと、何であろうと受け入れてくれるが、同時に全てが孤独。昔は、それで良かった。でも今は、自分を望んでくれる人たちがいる。離れたくない場所がある。
でもそれは、果たして自分の存在全てに対してのものなのか・・・。
途中で山の気配が変わる。濃厚な、死と恨みの思念を感じる。人のほとんどが忘却期の果て、見る事敵わなくなったこの世にあってこの世ならざる物、それが灯の視界に入った。
この辺り一体に充満し侵食している負の残留思念は、“力”を持つ灯に恨むをぶつけて来る。灯は長年の経験から、まず思念を観察する。強さは差ほどでもなく、数も1体。一人でも十分に対応出来る相手だった。残留思念を見つけた以上は、ここで討つ事を決めて思念に近づく。カードを目の前に掲げて吸血鬼の力を解放し、思念に詠唱銀を振り掛けて大きく一歩飛び退る。
灯の見立てに狂いはなかった。しかし、誤算はあった。詠唱銀を吸収し、形を成すかに見えた思念は途中で固まるのを止め、辛うじて四足獣の姿を持ったコールタール状のゴーストへと変化した。
ゴーストは声にならない声を挙げ、どろどろと地面に纏わり付く粘性の強いコールタールを飛ばしてくる。灯はチェーンソー剣「獣の牙」で弾き落とそうとするが、コールタールが触れた瞬間に回転動力炉の出力が落ちて、さらに触れた部分が一部溶解した。慌てて距離を取り、着地地点に投げ込まれたコールタールを獣の牙をつっかえ棒の様にして更に跳躍、木の枝の上に着地して剣を見る。コールタールに突き刺した部分の刃が溶け、直撃を受けた刃部分の半分を覆うカバーにも穴が開いている。
灯は警戒を強め、自分目掛けて飛んできたコールタールを跳躍で避ける。相手の後ろに着地して地面に掌を叩きつける。瞬間、地面のいたる部分が針や刃となってゴーストに突き刺さり切り裂く。そうして縫い止められたゴーストにすかさず飛び掛る。従属種になってからの得意技、凄まじい衝動を力に変換して放つ吸血噛み付き!
首筋に当たる部分に、牙がめり込むハズだった。だが、実際にめり込んだのは自分の顔。このゴーストには手応えがなかった。牙を突き立てようにも水を噛んだ様に逃げてしまい、エネルギーを吸収できない。それどころか、自分の顔全体を覆われるように封じられ、灯は今溺れている。もがき出ようとするが、相手の胴体は相変わらず掴む事も踏みしめる事も出来ず、逃れられない。
その時、でたらめに押し込んだ左手が何かを掴んだ。それを手掛かりに一気に首を引っこ抜く。目にしてようやく分かったが、自分が掴んでいた物は自分が放ったジャンクプリズンで作られた大地の針だった。ようやく解放され、灯は目一杯空気を吸い込んですぐにその場から跳び退く。幸い追撃はなかったが、着地が上手く出来ずに倒れこみ激しく咳き込む。その間にコールタールの鞭が灯を打ち据える。数発は剣で弾いたが、体制が整っていない状況で凌ぎきる事は出来ない。右腕、左肩、左脇腹、右頬、それぞれにコールタールが命中し、防具を、皮膚を裂き溶かす。
なんとか転がるようにして範囲から逃れ、木の幹に背中を預けて座り込み呼吸を整える。
「随分苦戦しているわね?」
その木を挟んで後ろの方から声がした。灯の跳ね回る心臓が一際大きな鼓動を鳴らす。
「こんな所で戦ってるなんて、私の問いに答えが出たからかしら、灯君?」
後ろからの女性の声に気を掻き乱されながらも、ゴーストの状態を見極める。吸血噛み付きのダメージは見えない。それどころか、ジャンクプリズンも効果がないように見える。直接的な攻撃は通じない様だ。そうなると、そういう相手にダメージを与えれるのは………「吸血」しかない。
「貴方には分の悪い相手ね。攻撃の通じない相手にどう戦うのかしら?純粋な吸血鬼なら、どうにかする手立てはあったわね。純粋な人間なら、もっと安定した従属種の力を引き出せていたのではないかしら?」
言葉が刺さりつづける。自分は半人半吸血鬼である。その為、恩恵と弊害が等しく体に掛かってくる。人間の体に吸血鬼の血、それは筋力や身体能力を通常の人間より引き上げているが、その分、吸血鬼の持つ狂気は通常の従属種の比にならない。吸血鬼としての力は、やはりその他と比べて強力だが正気を保つのが難しく、結局はそれを活かしきれない。人間の理性と吸血鬼の狂気、そのどちらもが複雑に絡んでいて、理性が持つ「想いの力」と狂気が持つ「衝動の力」のどちらも不十分にしか引き出せない。
それでも、自分は制御の難しい力と向かい合ってきた。どちらも捨てたくないから、選びたくないから。少ししか一緒に居れなかった母も、もう逢う事が出来ない父も、どちらかだけを選びたくない。自分の生を祝福してくれていた二人を、どちらも守りたかった。でも………、
視界の端に、銀糸が翻った。
長く美しい銀色の髪、透き通る白い肌、蒼色のドレスを着た美女が立っていた。首だけで灯を振り返り、紅の瞳を細めて優しく口を開く。
「しっかりなさい。惑わされては駄目よ。あなたは、あなたの答えをずっと持っていたでしょう?今は少し、前より色々分かるようになって疑ってるだけ。大丈夫、信じて御覧なさい。」
心の芯から湧き上がる懐かしさ、表面の最も広い部分から湧き上がる懐かしさ。それは、血が見せた幻想なのか。そうだとしても、今、灯の目の前には自分を最も愛してくれた人が立っている。
「楽しさも苦しさも、どちらもあなたなの。そしてそれが、あなたとあなたの周りを照らす“灯り”になるわ。さぁ、お立ちなさい。あなたは、私達の自慢の息子なのよ。」
自分の心が映した幻想かもしれない母の言う言葉は、しかし、そのまま自分の想いそのもの。母の言葉となって現れた信念は、灯の迷いや疑いを掻き消していく。木に背中を押し付けながら、よろよろと立ち上がる。
「あなたなら出来るわ。私達の、強さも弱さも併せ持っている、あなたならば。」
幻想の母は前を向き、ゴーストへゆっくりと人差し指を掲げる。
灯はチェーンソー剣を手放す。カラン、と乾いた音を立てて剣が地面に横たわる。拳法着の着脱可能な袖の右側を左手で握り締める。一息に右袖を外してそのまま地面に落とす。肩から露になった右腕には、先程の攻撃の傷跡が生々しく残っている。相手を見ずにその右手を腰溜めに構え、姿勢を落とす。
「お行きなさい、私達の希望の子、スィラン(陽)。」
灯は顔を俯かせたまま飛び出すと、抜き手に構えた右手をゴーストに突き入れた。手は手首までゴーストの体に埋まっていく。
「破れかぶれの攻撃じゃ、倒せないのじゃない………の…、何よ、これ…!?」
右手を突き刺したまま、灯が勢い良く顔を上げる。その瞳は、父譲りの銀光を湛えながらも母の様に紅く輝いていた。
「うぅぅああああああ!!!」
灯の叫びと同時に、白い蝙蝠が翼を広げるように右手を中心に風が巻き起こる。風は灯の右腕を撫でる様に吸収され、傷が次第に癒されていく。同時にゴーストは力を失っていく。
「俺は…こうもりだ!人間でも…吸血鬼でも、ある。それが…俺だから、選ばない!俺は…これからも、俺のままだ。誰も…俺を受け入れなくても、俺が…全部の、“血”になる!」
――――血は生命そのもの、いや、ゴーストにもあるということは“存在”そのもの。二つの別種な存在を体と精神に内包し、他者の存在を血肉に変える自らの“存在”。それはすなわち、自分が全てを受け入れるという事に他ならない。故に、自分は全ての“血”になれる。――――
一切のエネルギーを吸い尽くされ、枯れるようにゴーストは世界に還元された。
「そんな……、牙以外から、それも触っただけで吸収出来るなんて…従属種の範疇じゃないわ……。」
呆然と灯を見る女性。膝を着いて肩で息をしていた灯が、ゆっくりと振り返る。衝動のため、まだ瞳色は紅と銀を彷徨っている。
「俺は…選ばなかった。お前…俺を、どうする?」
息も絶え絶えに、灯は構えを取る。それを見て、自失から立ち直った女性は笑みを浮かべた。
「どうもしないわ。こっちの目論みは失敗だから、何かをする意味がないわね。貴方に個人的な興味はあるけど、また会えるかはその時次第ね。」
茶化すような前までの調子で話しかける。居住まいを正して、女性は灯に告げる。
「貴方が探してる子は、そのうち会えると思うわ。割と近いうちに、ね。」
「どういう…ことだ!」
「そんな気がするだけ。それじゃ、縁があったらまた会いましょう?」
手を軽く振って女性は灯に背を向けて木の裏に入って行く。灯が追いかけるが、やはりその姿はどこにもなかった。その場に残されたのは、疲労困憊の灯一人だけ。灯はゆっくりと一歩を踏み出そうとして…、
「よう…こ……、今、い…く………。」
蝙蝠になると誓った小さな翼は、その場に倒れこんだ。
「あぁ、あの子はここ数日来てないよ?」
彼女が通うキャンパスのクラスに直接会いに行って、返ってきた返事がこれだった。通路から教室を覗いてみても、見当たらなかった為にクラスメイトに尋ねてみた結果だ。
「そうか…わかった、ありがとう。」
頼んだ人にお礼を言ってその場を後にするが、どうにもしっくりこない。灯の知る限り、何日も学校を休むような子ではない。灯が携帯電話を持っていないとはいえ、自分に無言でいなくなるとは考えたくない。ならば、よく話をしてくれた場所を回ってみようと思い立った。
散歩コース、書店、行きつけの喫茶店、そして、天体観測所……。
聞いた限りの場所を、聞いた順番に巡り歩いてきた。距離的には、中学生男子が移動できる分を大幅に超えているが、灯にそんなことは関係ない。
さすがにそれだけ歩くと、日も暮れてきてしまう。
どこにも彼女の姿を見つけることが出来ず、灯は途方に暮れる。近代的な連絡手段と方法がピンと来ない灯には、自分の足で探すしか手がなかったから、ほとんど手詰まりだ。
「どあくだーに…聞いてみるか。」
自身が所属している、秘密結社ドアクダーの諜報部なら、彼女の足取りを追えるかもしれない。どうにも気が逸って、少しでも早く帰ろうと天体観測所前の公園を出ようと走る。
「そんなに急いでどこに行くの、君?」
掛けられるのは女性の声。
灯は警戒しながら振り返る。もう直暗くなるというのに、サングラスを掛けた女性。いや、それは灯からすればどうという事はない。
問題なのは、女性の放つ雰囲気。そしてなにより、灯の背後を取ったこと。
気配察知能力は、今まで生きてくるために磨き上げられ、野生動物のそれに近い程鋭敏だ。それを掻い潜ったのだ。これは、相手が明確にこちらの背後を取ろうと意図した事を示している。
「お前…誰だ。俺に…何の用だ?」
底知れないものを感じているため、威嚇がちに質問を投げ掛ける。
女性はそれに動じる様子もなく、気軽に話しかけてくる。
「君、中途半端だね。苦労してるでしょ、それ?」
灯は女性が何を言っているのか分からず、それを顔に出してしまった。
意を得たりと女性が続ける。
「人間のお父さんと、人間じゃないお母さん。どちらかの性質だけを受け継ぐのが普通だけど、君の場合は…見事に半分なんだね、御津乃廉灯君。」
灯は、自分の中で何かがひび割れる音を聞いた。本来、ごく一部しか知らないはずの自分の出自を、目の前の女性は知っている。もしかして、自分以上に………。
「何を…知ってる………俺の、何を…知ってる!」
「なんでも知ってるわよ、灯君。人間の肉体に理性、吸血鬼の魔力と狂気、制御しにくいでしょう?私はね、それを楽にする方法を知ってるから、教えて上げに来たのよ。」
「楽にする…方法?」
女性は灯の反芻に笑みを浮かべ、こう続けた。
「その狂気の元を、吸血鬼の血と力を取り除くのよ。」
そういって女性はバッグに手を入れ……、その瞬間、灯は踊りかかった。
一蹴りで距離を詰め、飛び上がる用に開いた右手で抜き手を放つ。が、貫いたのは何もない空間のみ。
女性は先程と同じ様に、気配を完全に消して灯の背後に立っていた。
「ふふ、中々だけど普通の力じゃ触れないわよ?」
振り向く動作とバックステップで距離を取り、灯は女性を見据える。
女性は余裕の態度を崩さず、残念そうな顔をした。
「あら残念。灯君は人間になりたくないのね。そんなに苦しそうなのに、どうしてなの?」
「俺は…吸血鬼だ!」
灯の叫びはすっかり日が落ちた空に吸い込まれ、輝き始めた星々散らされる。
「じゃ、吸血鬼になりたいの?」
灯は言葉に打ち据えられ、胸に強烈な痛みが走るのを感じた。
その様子を見ていた女性は呆れたように腕の左右に広げる。
「本当に中途半端なのね。人にも吸血鬼にもなれない、まさに蝙蝠ね。その服と一緒。」
女性は表情を厳しくして、さらに言葉の鞭を振り翳す。
「いつの日か、どちらかを決めないといけない日が、必ず来るわ。その時、君はどうするのかしらね?人間を選ぶ?それとも、吸血鬼として陰に生きる?」
苦悶の表情を浮かべて胸を押さえる灯を一瞥した後で踵を返し、女性は歩き始める。少しいった所で立ち止まり、
「この前の狐さんは人間への道を歩き始めたって言うのに。」
灯の直感が何かを告げる。
「お前!…もしかして、…」
「また会いましょう。その時までに、答えを決めておいてね。」
灯の言葉を遮って、そのまま闇に消えていく女性。灯は追いかけるが、どこにもその姿は見つけられなかった。
「俺…人間か、吸血鬼…決める……。とうちゃか…かあちゃか、決める?」
自分の中の2つが鬩ぎ合う。親しい友人たちが知らない事、言ってない事。自分は人間でも吸血鬼でもないという事実。自分はそのままでありたいと思っているが、みんなはそれを許してくれるのだろうか?許されなかったら、自分はみんなの傍に居れるのだろうか?
――怖い
サバイバルを生き抜いた経験は、自己崩壊を起こしかねないこの疑問を、棚上げする方法を導き出し、そちらへ意識を逸らせる。
「さっきのやつ…探さないと。手掛かり……。」
酷くのろのろとした動きで、灯は暗い夜道を歩き始めた。
彼女が通うキャンパスのクラスに直接会いに行って、返ってきた返事がこれだった。通路から教室を覗いてみても、見当たらなかった為にクラスメイトに尋ねてみた結果だ。
「そうか…わかった、ありがとう。」
頼んだ人にお礼を言ってその場を後にするが、どうにもしっくりこない。灯の知る限り、何日も学校を休むような子ではない。灯が携帯電話を持っていないとはいえ、自分に無言でいなくなるとは考えたくない。ならば、よく話をしてくれた場所を回ってみようと思い立った。
散歩コース、書店、行きつけの喫茶店、そして、天体観測所……。
聞いた限りの場所を、聞いた順番に巡り歩いてきた。距離的には、中学生男子が移動できる分を大幅に超えているが、灯にそんなことは関係ない。
さすがにそれだけ歩くと、日も暮れてきてしまう。
どこにも彼女の姿を見つけることが出来ず、灯は途方に暮れる。近代的な連絡手段と方法がピンと来ない灯には、自分の足で探すしか手がなかったから、ほとんど手詰まりだ。
「どあくだーに…聞いてみるか。」
自身が所属している、秘密結社ドアクダーの諜報部なら、彼女の足取りを追えるかもしれない。どうにも気が逸って、少しでも早く帰ろうと天体観測所前の公園を出ようと走る。
「そんなに急いでどこに行くの、君?」
掛けられるのは女性の声。
灯は警戒しながら振り返る。もう直暗くなるというのに、サングラスを掛けた女性。いや、それは灯からすればどうという事はない。
問題なのは、女性の放つ雰囲気。そしてなにより、灯の背後を取ったこと。
気配察知能力は、今まで生きてくるために磨き上げられ、野生動物のそれに近い程鋭敏だ。それを掻い潜ったのだ。これは、相手が明確にこちらの背後を取ろうと意図した事を示している。
「お前…誰だ。俺に…何の用だ?」
底知れないものを感じているため、威嚇がちに質問を投げ掛ける。
女性はそれに動じる様子もなく、気軽に話しかけてくる。
「君、中途半端だね。苦労してるでしょ、それ?」
灯は女性が何を言っているのか分からず、それを顔に出してしまった。
意を得たりと女性が続ける。
「人間のお父さんと、人間じゃないお母さん。どちらかの性質だけを受け継ぐのが普通だけど、君の場合は…見事に半分なんだね、御津乃廉灯君。」
灯は、自分の中で何かがひび割れる音を聞いた。本来、ごく一部しか知らないはずの自分の出自を、目の前の女性は知っている。もしかして、自分以上に………。
「何を…知ってる………俺の、何を…知ってる!」
「なんでも知ってるわよ、灯君。人間の肉体に理性、吸血鬼の魔力と狂気、制御しにくいでしょう?私はね、それを楽にする方法を知ってるから、教えて上げに来たのよ。」
「楽にする…方法?」
女性は灯の反芻に笑みを浮かべ、こう続けた。
「その狂気の元を、吸血鬼の血と力を取り除くのよ。」
そういって女性はバッグに手を入れ……、その瞬間、灯は踊りかかった。
一蹴りで距離を詰め、飛び上がる用に開いた右手で抜き手を放つ。が、貫いたのは何もない空間のみ。
女性は先程と同じ様に、気配を完全に消して灯の背後に立っていた。
「ふふ、中々だけど普通の力じゃ触れないわよ?」
振り向く動作とバックステップで距離を取り、灯は女性を見据える。
女性は余裕の態度を崩さず、残念そうな顔をした。
「あら残念。灯君は人間になりたくないのね。そんなに苦しそうなのに、どうしてなの?」
「俺は…吸血鬼だ!」
灯の叫びはすっかり日が落ちた空に吸い込まれ、輝き始めた星々散らされる。
「じゃ、吸血鬼になりたいの?」
灯は言葉に打ち据えられ、胸に強烈な痛みが走るのを感じた。
その様子を見ていた女性は呆れたように腕の左右に広げる。
「本当に中途半端なのね。人にも吸血鬼にもなれない、まさに蝙蝠ね。その服と一緒。」
女性は表情を厳しくして、さらに言葉の鞭を振り翳す。
「いつの日か、どちらかを決めないといけない日が、必ず来るわ。その時、君はどうするのかしらね?人間を選ぶ?それとも、吸血鬼として陰に生きる?」
苦悶の表情を浮かべて胸を押さえる灯を一瞥した後で踵を返し、女性は歩き始める。少しいった所で立ち止まり、
「この前の狐さんは人間への道を歩き始めたって言うのに。」
灯の直感が何かを告げる。
「お前!…もしかして、…」
「また会いましょう。その時までに、答えを決めておいてね。」
灯の言葉を遮って、そのまま闇に消えていく女性。灯は追いかけるが、どこにもその姿は見つけられなかった。
「俺…人間か、吸血鬼…決める……。とうちゃか…かあちゃか、決める?」
自分の中の2つが鬩ぎ合う。親しい友人たちが知らない事、言ってない事。自分は人間でも吸血鬼でもないという事実。自分はそのままでありたいと思っているが、みんなはそれを許してくれるのだろうか?許されなかったら、自分はみんなの傍に居れるのだろうか?
――怖い
サバイバルを生き抜いた経験は、自己崩壊を起こしかねないこの疑問を、棚上げする方法を導き出し、そちらへ意識を逸らせる。
「さっきのやつ…探さないと。手掛かり……。」
酷くのろのろとした動きで、灯は暗い夜道を歩き始めた。
その日の風は、震えていた。
特に冷たいわけでもなく、強いわけでもない。
誰に聞いても、普通の風だろう。
だが、風になぶられる長い鬢髪の少年には、それが別のものに感じられる。
息苦しい様な、押し付ける様な、それでいて、渦巻く様な。
何がどう、という事までは分からない。
自分が培ってきた、野生的な勘が告げている。
ふと、最近会えていない少女の顔が思い浮かぶ。
纏わり付く風は、振り払えない。
こんな時、少年が起こす行動は一つ。
「会いに…行こう。」
寂しげに、悲しげに、風は吹きすさぶ。
特に冷たいわけでもなく、強いわけでもない。
誰に聞いても、普通の風だろう。
だが、風になぶられる長い鬢髪の少年には、それが別のものに感じられる。
息苦しい様な、押し付ける様な、それでいて、渦巻く様な。
何がどう、という事までは分からない。
自分が培ってきた、野生的な勘が告げている。
ふと、最近会えていない少女の顔が思い浮かぶ。
纏わり付く風は、振り払えない。
こんな時、少年が起こす行動は一つ。
「会いに…行こう。」
寂しげに、悲しげに、風は吹きすさぶ。
運動会の余韻が残るキャンプファイヤーから離れ、やや薄暗い場所。
しかし、それ故に星明りが周囲を優しく照らす空間。
瞬く星々の下、少年と少女がそれを見上げていた。
「星空…大事な、人たち…思い出すんだ。」
少しの間が空いて、少年はそう答えた。
ぽつりと少年の口から漏れ出た感想に、少女は「話したくなったら、いつでも聞かせてね」と
言った、それへの少年の返事だった。
不思議そうに問い返そうとする少女に構わず、少年は言葉を続ける。
「俺が…ここに来る前、まだ…吸血鬼でも、無かった時。もっともっと…小さかった時の事。」
幼い日の少年、現在は御津乃廉灯という名の少年は、別の名を持っていた。
親を知らず、教育を施されず、物心付き始めた時には、見世物として“仲間”と戦わされていた。
生きる事に必死で生傷も絶えないそんな時期、少年は今の少年と同じ年齢くらいの友だちと一緒に星空を見上げていた。
友だちは言う。星空は命そのものだと。今まで居なくなった“仲間”たちと、星空の下でなら、会えるのだと。みんなはいなくなったのではなくて、あの美しい光となっている、と。
幼い少年はただただ、その星空の美しさに魅入られているのみだった。
ある日、友だちは死んでしまった。もう、いつもの様に一緒に星空を見ることは出来ない。
だが、少年は泣けなかった。“仲間”がいなくなるのは、いつもの事。だから、生き残っている自分が友だちを引き継げばいいのだ。
その夜、幼い少年はいつもの様に星の見える場所に行く。静かで穏やかな唯一の時間。
「俺は…その時、新しい星…見つけたんだ。あれ。」
少年は星がまばらに集まる一角を指し示す。一つだけ存在感のある淡い光を出す星がそこにある。
「あれは…きっと、そいつだ。」
空虚だった時に、自分が触れた感情の一つがそこにあった。
「そう…お友だちと、会えたのね?」
気遣わしげに少女は言葉を掛ける。だが、悲哀ではない。少年の口調が悲しそうでも、寂しそうでもないからだ。辛い記憶を話させてしまった、その後悔が本当の所だ。
しかし、それも杞憂に終わる。少女を見て頷く少年は、満面の笑顔。そうさせたのは、古い友人と久しぶりに会ったからなのか、それとも少女・玉城曜子が理解してくれたからなのか。
その笑顔に、少女の胸に複雑な思いが去来する。少年は今も、人の死に何も感じないのではないか、と。尋ねたくなって、少女は口を開こうとするが、
「もう一つ…ある。かあちゃの…星だ。」
少年は再び、星空に指を差す。西の外れ、淡くも優しく輝く星を。少年は話を続ける。
「俺の…かあちゃの、記憶…全部、星空…なんだ。」
今度の口調は、寂しさの色が強い。
少年は、それでも話をやめない。聞いて欲しいと思うから。
「俺を…吸血鬼に、したのは…かあちゃだ。俺…人間だったけど、半分…吸血鬼だったんだ。」
それは、月が青白い光を反射していた夜。少年は夜中にぼんやり目を覚ます。窓際に腰掛けて、こっちを見ていた何かが、そのまま月と星が彩る空へと飛び上がる姿がうっすらと目に映る。
月に向かって行く蝙蝠の翼のシルエットを最後に、少年は再び眠りに落ちた。
「それが…かあちゃとの、最初の記憶。」
少年は語る。その後、北海道にて母と再会した事、10年以上を経てようやく抱上げてもらった事、少年を探し続けた母の想い、そして……別れの事。
「かあちゃは…俺を守って、死んじゃった。でも…その日に、また…新しい星、見つけた。あれが
…俺の、かあちゃ。」
少年の瞳には、涙が溜まっていた。無表情のまま、涙だけを流している。少女はハッとして、少年の涙をハンカチで拭う。
「灯君、無理しなくて、いいのよ?」
少女の気遣いに、少年は首を振る。涙は止まらない。だが、少年は微笑んでいた。
少女は思う。少年は何も感じていないのではない。一つ一つ、乗り越えてきたのだと。いや、乗り越えつつあるのだと。それでも、全てを背負うには少年は小さくて。特殊な生い立ち故に、自分の心の中は誰とも共有できずに孤独で。
「ようこ…ありがとうな?なんか…楽に、なった。」
「あ…う、うん。どういたしまして…。」
少年は自分の大事な事を、少女に教えた。他の誰でもなく、少女に。
運動会後のフォークダンスに誘われて、踊りを堪能して、少し静かな場所でこうして星を見上げている。
これは必然だったのだろうか?そうであるならいいと、少女は思う。
「灯君は、お母様やお友だちと、会えるから、星空が好きなのね。」
うん!、と少年は笑顔で答える。その笑みは、嬉しさの大きさを表しているかの様だ。
つられて少女も微笑む。今、お互いの間に統一感のある空気が、確かに流れている。
それは心地よくて、それでいて・・・・・、
「ようこは…なんで、星空…好きなんだ?」
「そう、ね…。私は――――」
少女は語る。同じ星空に、2つの思い入れ。少年のものに比べれば些細な事かもしれないが、知ってもらえれば、2つの思い入れを共有できると思ったから。
少年は聞き入る。少し軽くなった心で。まだ迷うことも葛藤も多いけど、今、自分は孤独ではないと分かったから。
少女はゆっくり、かみ締める様に語る。少年は夜空を見上げながら聞き入る。
二人を照らす無数の星々は、それぞれの想いを映して優しく光を落としていた。
しかし、それ故に星明りが周囲を優しく照らす空間。
瞬く星々の下、少年と少女がそれを見上げていた。
「星空…大事な、人たち…思い出すんだ。」
少しの間が空いて、少年はそう答えた。
ぽつりと少年の口から漏れ出た感想に、少女は「話したくなったら、いつでも聞かせてね」と
言った、それへの少年の返事だった。
不思議そうに問い返そうとする少女に構わず、少年は言葉を続ける。
「俺が…ここに来る前、まだ…吸血鬼でも、無かった時。もっともっと…小さかった時の事。」
幼い日の少年、現在は御津乃廉灯という名の少年は、別の名を持っていた。
親を知らず、教育を施されず、物心付き始めた時には、見世物として“仲間”と戦わされていた。
生きる事に必死で生傷も絶えないそんな時期、少年は今の少年と同じ年齢くらいの友だちと一緒に星空を見上げていた。
友だちは言う。星空は命そのものだと。今まで居なくなった“仲間”たちと、星空の下でなら、会えるのだと。みんなはいなくなったのではなくて、あの美しい光となっている、と。
幼い少年はただただ、その星空の美しさに魅入られているのみだった。
ある日、友だちは死んでしまった。もう、いつもの様に一緒に星空を見ることは出来ない。
だが、少年は泣けなかった。“仲間”がいなくなるのは、いつもの事。だから、生き残っている自分が友だちを引き継げばいいのだ。
その夜、幼い少年はいつもの様に星の見える場所に行く。静かで穏やかな唯一の時間。
「俺は…その時、新しい星…見つけたんだ。あれ。」
少年は星がまばらに集まる一角を指し示す。一つだけ存在感のある淡い光を出す星がそこにある。
「あれは…きっと、そいつだ。」
空虚だった時に、自分が触れた感情の一つがそこにあった。
「そう…お友だちと、会えたのね?」
気遣わしげに少女は言葉を掛ける。だが、悲哀ではない。少年の口調が悲しそうでも、寂しそうでもないからだ。辛い記憶を話させてしまった、その後悔が本当の所だ。
しかし、それも杞憂に終わる。少女を見て頷く少年は、満面の笑顔。そうさせたのは、古い友人と久しぶりに会ったからなのか、それとも少女・玉城曜子が理解してくれたからなのか。
その笑顔に、少女の胸に複雑な思いが去来する。少年は今も、人の死に何も感じないのではないか、と。尋ねたくなって、少女は口を開こうとするが、
「もう一つ…ある。かあちゃの…星だ。」
少年は再び、星空に指を差す。西の外れ、淡くも優しく輝く星を。少年は話を続ける。
「俺の…かあちゃの、記憶…全部、星空…なんだ。」
今度の口調は、寂しさの色が強い。
少年は、それでも話をやめない。聞いて欲しいと思うから。
「俺を…吸血鬼に、したのは…かあちゃだ。俺…人間だったけど、半分…吸血鬼だったんだ。」
それは、月が青白い光を反射していた夜。少年は夜中にぼんやり目を覚ます。窓際に腰掛けて、こっちを見ていた何かが、そのまま月と星が彩る空へと飛び上がる姿がうっすらと目に映る。
月に向かって行く蝙蝠の翼のシルエットを最後に、少年は再び眠りに落ちた。
「それが…かあちゃとの、最初の記憶。」
少年は語る。その後、北海道にて母と再会した事、10年以上を経てようやく抱上げてもらった事、少年を探し続けた母の想い、そして……別れの事。
「かあちゃは…俺を守って、死んじゃった。でも…その日に、また…新しい星、見つけた。あれが
…俺の、かあちゃ。」
少年の瞳には、涙が溜まっていた。無表情のまま、涙だけを流している。少女はハッとして、少年の涙をハンカチで拭う。
「灯君、無理しなくて、いいのよ?」
少女の気遣いに、少年は首を振る。涙は止まらない。だが、少年は微笑んでいた。
少女は思う。少年は何も感じていないのではない。一つ一つ、乗り越えてきたのだと。いや、乗り越えつつあるのだと。それでも、全てを背負うには少年は小さくて。特殊な生い立ち故に、自分の心の中は誰とも共有できずに孤独で。
「ようこ…ありがとうな?なんか…楽に、なった。」
「あ…う、うん。どういたしまして…。」
少年は自分の大事な事を、少女に教えた。他の誰でもなく、少女に。
運動会後のフォークダンスに誘われて、踊りを堪能して、少し静かな場所でこうして星を見上げている。
これは必然だったのだろうか?そうであるならいいと、少女は思う。
「灯君は、お母様やお友だちと、会えるから、星空が好きなのね。」
うん!、と少年は笑顔で答える。その笑みは、嬉しさの大きさを表しているかの様だ。
つられて少女も微笑む。今、お互いの間に統一感のある空気が、確かに流れている。
それは心地よくて、それでいて・・・・・、
「ようこは…なんで、星空…好きなんだ?」
「そう、ね…。私は――――」
少女は語る。同じ星空に、2つの思い入れ。少年のものに比べれば些細な事かもしれないが、知ってもらえれば、2つの思い入れを共有できると思ったから。
少年は聞き入る。少し軽くなった心で。まだ迷うことも葛藤も多いけど、今、自分は孤独ではないと分かったから。
少女はゆっくり、かみ締める様に語る。少年は夜空を見上げながら聞き入る。
二人を照らす無数の星々は、それぞれの想いを映して優しく光を落としていた。